古来より、皮膚の痒みや発疹は人々の悩みの種でした。記録に残る最も古い記述の一つとして、古代エジプトの医学文書であるエーベルス・パピルスには、皮膚の痒みを鎮めるための治療法が記されています 。
また、ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスも、入浴中に体を掻きむしるほど酷い痒みと乾燥した皮膚に悩まされていたと伝えられています 。これらの歴史的な記録は、手湿疹を含む皮膚疾患が、時代や身分に関わらず多くの人々を苦しめてきたことを示唆しています。6世紀には、ビザンツ帝国の宮廷医であったアエティウス・アミデヌスが、皮膚の発疹を意味するギリシャ語の「ekzema」を初めて使用しました 。このように、手湿疹という病態は、何世紀にもわたって認識され、研究されてきた皮膚疾患なのです。
手湿疹は、手の皮膚に起こる一般的な炎症性疾患であり、手荒れや手皮膚炎とも呼ばれます 。多くの人が生涯のうちに一度は経験すると言われており、その有病率は一般人口の約14.5%に達し、皮膚科を受診する患者さんの20~35%を占めるほど頻度の高い疾患です 。手湿疹は、急に発症する急性型と、症状が慢性的に続く慢性型があり、慢性型では日常生活や仕事に大きな支障をきたすことも少なくありません 。症状は、痒み、痛み、熱感、乾燥、ひび割れ、水疱など多岐にわたり、その程度や現れ方は時間とともに変化します 。主な原因によって、刺激性接触皮膚炎、アレルギー性接触皮膚炎、アトピー性皮膚炎に伴う手湿疹などに分類されます 。
このように、手湿疹は非常に多くの人が悩む疾患であり、適切な診断と治療を受けることで、症状の改善や生活の質の向上が期待できます。
皮膚科は、皮膚、髪、爪に生じる様々な疾患を専門とする診療科です 。手湿疹は、一見すると単なる手荒れのように見えることもありますが、その原因や症状は多岐にわたり、他の皮膚疾患との鑑別が必要となる場合があります。皮膚科医は、手湿疹の様々なタイプや、その原因となる刺激物質やアレルゲンに関する深い知識を持っています 。
手湿疹と似た症状を示す皮膚疾患は多く存在するため、正確な診断が非常に重要です 。例えば、単なる乾燥肌と思っていても、実は手湿疹であったというケースも少なくありません 。皮膚科医は、患者さんの症状や生活環境などを詳しく問診し、視診や触診を行うことで、手湿疹であるかどうか、またどのようなタイプの湿疹であるかを判断します。
さらに、アレルギー性接触皮膚炎が疑われる場合には、パッチテストなどの専門的な検査を行うことができます 。パッチテストでは、様々なアレルゲンを皮膚に貼付し、反応を見ることで、原因物質を特定することができます。また、診断が難しい場合には、皮膚生検を行い、顕微鏡で詳しく調べることもあります 。
皮膚科医は、個々の患者さんの症状や原因に合わせて、最適な治療計画を立てることができます 。市販薬では効果が得られない場合や、症状が悪化している場合には、医療機関でしか処方できない強力な外用薬や内服薬を使用することで、症状の改善が期待できます 。
もし、市販薬を使用しても症状が改善しない、症状が悪化している、または感染の兆候が見られる場合には、迷わず皮膚科を受診してください 。特に、重症化したり、なかなか治らない手湿疹には、皮膚科専門医による適切な診断と治療が不可欠です 。
当院では、難治性の手湿疹に対して、エキシマライトを用いた光線療法を行っています。エキシマライトは、特定の波長(308nm)の紫外線を照射する治療法で、尋常性乾癬やアトピー性皮膚炎にも効果が認められています。従来の全身照射型の光線療法と比較して、患部のみに集中的に照射できるため、より高い治療効果と少ない照射回数が期待できます 。
ヒーライトは、LEDを用いた低出力光線療法です。特に赤色光は、皮膚の炎症を抑え、細胞の活性化を促進することで、湿疹の改善や皮膚の再生を助ける効果が期待できます。痛みがなく、ダウンタイムもないため、安心して受けていただける治療法です 。
エレクトロポレーションは、特殊な電気パルスを用いて、一時的に皮膚のバリア機能を緩めることで、外用薬の浸透を高める治療法です 。これにより、これまで効果が十分に得られなかった外用薬の効果を高め、手湿疹の症状改善をサポートします 。
当院は、地域密着型医療を重視し、地域の皆様の皮膚の健康を第一に考えて診療を行っています。保険診療を中心とした医療を提供しており、経済的な負担を軽減しながら、質の高い医療を受けていただくことができます。また、お子様の皮膚疾患にも力を入れており、手湿疹でお悩みの小さなお子様とそのご家族も安心してご相談ください。さらに、美容皮膚科とも連携しており、手湿疹の治療だけでなく、皮膚全体の健康と美しさもサポートできる体制を整えています。
手湿疹の初期症状としては、手の皮膚の乾燥やひび割れが見られます 。進行すると、赤みや褐色調の炎症性紅斑が現れ、強い痒みを伴います 。皮膚が剥がれたり、小さな水疱(水ぶくれ)ができたりすることもあります 。
特に、汗をかきやすい手のひらや指の側面には、小さな水疱が多発する異汗性湿疹(汗疱)と呼ばれるタイプの湿疹が見られることがあります。これは、まるで「タピオカパール」のような見た目をしていると表現されることもあります 。症状が悪化すると、皮膚が深く裂けて痛みを伴ったり(亀裂)、出血したりすることもあります 。慢性化すると、皮膚が厚く硬くなり(苔癬化)、ゴワゴワとした質感になることもあります 。
年齢によって手湿疹の症状や原因に特徴が見られることがあります。
アトピー性皮膚炎の症状の一つとして、手に湿疹が現れることがあります 。赤く、痒く、ジュクジュクしたり、かさぶたになったりする発疹が、手の甲によく見られます 。アトピー体質(喘息、花粉症、食物アレルギーなど)を持つお子様に多く見られます 。
大人の手湿疹は、刺激性接触皮膚炎やアレルギー性接触皮膚炎、職業的な要因、そして持続するアトピー性皮膚炎など、様々な原因が考えられます 。特に若い女性に多く見られる傾向があります 。40歳以下の大人には、手のひらや指の側面に突然痒みを伴う水疱ができる異汗性湿疹(汗疱)が多く見られます 。
高齢者の手湿疹は、皮膚のバリア機能の低下や、長年の刺激物への暴露、または下肢の血行不良に伴ううっ滞性皮膚炎が手にまで及ぶことなどが原因となることがあります 。
手湿疹の発症には、様々な要因が複雑に関与しています。
アトピー性皮膚炎、喘息、花粉症といったアレルギー疾患の既往歴がある方や、ご家族にこれらの疾患を持つ方がいる場合、手湿疹を発症するリスクが高まります 。皮膚のバリア機能に関わるフィラグリンというタンパク質の遺伝子変異も、手湿疹のリスクを高めることが知られています 。
水、石鹸、洗剤、溶剤、酸、アルカリ、寒さ、熱、摩擦などの刺激物は、皮膚のバリア機能を破壊し、手湿疹を引き起こす可能性があります 。また、ニッケル、香料、ゴム、特定の植物などの物質に対するアレルギー反応(アレルギー性接触皮膚炎)も、手湿疹の原因となります 。精神的なストレスも、手湿疹の悪化要因となることがあります 。さらに、低湿度や急激な温度変化も、皮膚の乾燥を招き、手湿疹を誘発することがあります 。
医療従事者、美容師、清掃業、調理師、金属加工業、建設業など、日常的に水仕事が多い方や、化学物質に触れる機会が多い職業の方は、手湿疹を発症するリスクが高くなります(職業性皮膚炎) 。
これらの職業では、石鹸、洗剤、溶剤などの刺激物に頻繁にさらされることが原因となります 。
手湿疹の有病率は、時点有病率が約4%、1年有病率が約10%、生涯有病率が約15%と報告されています 。発症率は女性の方が男性よりも高く(女性:9.6件/1000人年、男性:4.0件/1000人年)、接触性アレルギー、アトピー性皮膚炎、水仕事の多い職業に従事している場合に発症しやすい傾向があります 。特にアトピー性皮膚炎は、手湿疹の最も重要なリスク因子の一つです 。職業性手湿疹は、全職業病の9~35%、職業性接触皮膚炎の最大80%を占めるとされています 。手湿疹は、医療機関への受診の70%、7日以上の病気休暇の約20%、転職の約10%の原因となっています 。
炎症や痒みを抑える効果があり、症状の程度に合わせて様々な強さのものが使用されます 。
例:ヒドロコルチゾン(市販薬および処方薬)、クロベタゾールプロピオン酸エステル(非常に強力)。
免疫反応を調整することで炎症を抑える外用薬で、ステロイド外用薬の副作用が気になる場合や、顔など皮膚の薄い部位に使用されます 。例:タクロリムス(プロトピック)、ピメクロリムス(エルデル)。
炎症に関わる特定の酵素を阻害する新しい外用薬で、ルキソリチニブ(オプゼルーラ)や治験薬のデルゴシチニブクリームなどが開発されています 。
炎症に関わる別の酵素を阻害する外用薬で、クリサボロール(ユーロクリサ)やロフルミラスト(ゾリーベ)などがあります 。
タピナルオフ(ビタマ)は、非ステロイド系の外用薬です 。
重症の急性期に、短期間使用されることがあります(例:プレドニゾロン) 。
シクロスポリン、アザチオプリン、メトトレキサートなどは、難治性の重症例で使用されることがあります 。
欧州やカナダなどで承認されている内服薬で、強力なステロイド外用薬で効果が得られない重症の慢性手湿疹に使用されます 。
デュピルマブ(デュピクセント)などの生物学的製剤は、重症のアトピー性皮膚炎に対して効果が認められており、手湿疹にも有効な場合があります 。
手湿疹の原因や重症度によって異なります。軽度の一過性の湿疹であれば自然に治ることもありますが、多くの場合、適切な治療が必要です。特に慢性化している場合は、皮膚科医の診察を受けることをお勧めします。
軽度の手湿疹であれば、市販のステロイド外用薬や保湿剤で症状が改善することもあります。しかし、症状が改善しない場合や悪化する場合は、自己判断せずに皮膚科を受診してください。
強い痒みや痛みがある場合、水疱や膿が出ている場合、広範囲に症状が出ている場合などは、早めに皮膚科を受診してください。また、市販薬を使用しても症状が改善しない場合も同様です。
いいえ、手湿疹は感染症ではないため、人にうつることはありません 。
遺伝的な体質、環境中の刺激物やアレルゲン、職業的な要因、ストレスなどが複雑に関与して発症します(詳細は「なぜ手湿疹になるのか?」の項をご覧ください)。
症状の程度や原因によって異なります。数週間で改善することもありますが、慢性化している場合は、数ヶ月以上の治療が必要となることもあります。
日常生活で刺激物やアレルゲンを避け、保湿をしっかり行うことが大切です(詳細は「日常生活で気をつけるポイント」の項をご覧ください)。
悪化する要因は? 水仕事、洗剤や石鹸、金属、香料、特定の食品、ストレス、乾燥などが悪化要因となることがあります(詳細は「なぜ手湿疹になるのか?」の項をご覧ください)。
手湿疹は、多くの方が経験するありふれた皮膚疾患ですが、その症状は日常生活に大きな影響を与える可能性があります。適切な診断と治療を行うことで、症状を改善し、快適な生活を送ることが可能です。
けんおう皮膚科クリニックでは、患者様一人ひとりの症状や原因に合わせた丁寧な診察と、エキシマライトやヒーライト、エレクトロポレーションといった先進的な治療法をご用意しております。地域に根ざした医療を提供し、保険診療を中心に、お子様からご高齢の方まで、安心してご相談いただけるクリニックです。手湿疹でお悩みの方は、我慢せずに、ぜひ一度当院までお気軽にご相談ください。
・接触皮膚炎(アレルギー性、刺激性)
・アトピー性皮膚炎(体の他の部位の湿疹)
・乾癬(特に手掌乾癬)
・手白癬(手の水虫)疥癬
・異汗性湿疹(汗疱)
・貨幣状湿疹
・掌蹠角化症
・扁平苔癬
・指趾皮膚炎
・特定の物質によるアレルギー性接触皮膚炎(例:ニッケルアレルギー性皮膚炎)